日の丸 1日目 溝辺(上床公園)・国分 日の丸



6月7日(水)晴れ  晴れ


11時過ぎ、鹿児島空港到着。
レンタカーを借りて約10分程の上床公園へ。

ここには十三塚原(じゅさんつかばる)の旧海軍航空隊の慰霊碑があります。
現在の鹿児島空港の敷地横に国分海軍航空隊第二基地があり、十三塚原の旧海軍航空隊はここで発足しました。
多くの若者が特攻攻撃のため飛び立った場所でもあります。
慰霊碑のある広場には練習機や、海底から引き上げれられた零戦のプロペラが展示されていました。
遠くに鹿児島空港一帯が眺められ、飛行機の離発着も見ることができます。


十三塚原の旧海軍航空隊の慰霊碑 国分第2基地から飛び立った若者の名簿

慰霊碑の傍に咲く特攻花 赤いポピーが慰霊碑を見守っていました

2段目の特攻花と慰霊碑の写真、予科練甲飛12期(三次)の小野義明さんの名前が刻まれています。
彼は当時17歳、面会に来てくれた母と姉に「まだ死にたくない」と呟いたそうです。
特攻隊として決意をした反面、まだあどけない顔の少年の心は引き裂かれそうになっていたに違いありません。
小野義明さんと一緒に刻まれている共に戦った同期の方達も同じような心境だったと思います。


零戦プロペラ案内版 海底から引き上げられた零戦のプロペラ



展示されている練習機 練習機の操縦席

その後第二国分基地を探そうと思っていたのに、道沿いに走っていたらいつの間にか日当山温泉入り口に。
はれ??道を間違った??
まあいいや、国分へ行っちゃえ!・・・ということで今回は第二国分基地は見送り。(笑)

国分には第一国分基地があり、やはり多くの特攻隊が飛び立ちました。
今は陸上自衛隊国分駐屯地となっています。

隊長さんの戦争遺跡見聞録を頼りに、まず移転指令部の隊門跡へ。
事前に地図をいただいていたので解りやすかったです。(隊長さん、ありがとう♪)
戦争末期、飛行場が空襲を受けるようになり、急遽南へ2キロ程離れた場所に移転させたそう。
写真の交差点より奥が司令部の敷地でした。


移転司令部の隊門跡

次は第一国分基地の隊門跡へ。
町から外れた国分西小学校の裏手にありました。
でも今考えると私の写真、向きが逆だったみたい!
畑が広がっているのでその方向が基地かと思いましたが、旅から戻り隊長さんのHPを見てみたらなんか違う★
私の写真は隊門から敷地外方面を撮っていたみたいです。


隊門跡地から見た風景 隊門跡地からみた風景


その隊門から少し離れたところに鎮守神社があります。
ここはかつて無線壕でしたが戦後埋められ、神社と慰霊碑が建てられました。


鎮守神社 慰霊碑



無線壕跡とその上に建つ鎮守神社 裏から見た鎮守神社


次は、陸上自衛隊国分駐屯地にある資料館と指令壕跡。
正門が見えてくると、ふと左側に壕らしき物が・・・!
「これだっ!!」と思い、正門前のコンビニに車を止めて行ってみました。
指令壕跡には慰霊碑が建てられていて、裏にはここから飛び立った特攻隊員の名前が刻まれていました。


指令壕跡。慰霊碑が建てられている。 慰霊碑から国分駐屯地を望む

その後、駐屯地内にある資料館を見る為アポ無し突撃!
正門に立っている自衛隊員に聞いてみると「資料館?」と意外な回答でした。(!?)

受付の方が広報に連絡を取ってくれて、少し待つと見学OKとの朗報が♪
車を敷地内に移動させると、広報の方が迎えに来てくれていて案内してくれました。
自衛隊の基地に入るのはこれで3回目でしたが、やっぱりドキドキしちゃう!
今回は特に陸上自衛隊だったのでみんな迷彩服。少し威圧感がありました☆


資料館は正門を入って右手方向にずっと歩いていくとありました。
といっても、どこかの街の自治会館?みたいな小さな建物。(ゴメンナサイ!)
普段は締め切っているらしく、広報の方が鍵でドアを開けるとムワーっと独特な臭いがしました。


資料館外観 資料館入り口

この広報の方がまた面白くて、彼氏にしたら楽しいんだろうな〜って感じ!
とても若く見えて、「年下ですよね?」と聞いたらなんと2つ年上の29歳。
感じが良い方で、資料の説明も一生懸命してくれました♪

太平洋戦争時この基地には第45連隊が所属しており、展示物はその部隊が戦地へ赴いた際の遺品の数々。
たまに年配の方もみえるそうですが、涙される方も多いとのことでした。
広報の彼イチオシは”マレーの虎”と謳われた山下奉文が着ていた軍服と、マレー陥落時に日本軍が掲げた一番旗だそうです!
(広報さんへ・・・間違っていたらご一報お待ちしています!)
つい最近勉強をしたみたいで「あと1週間遅く来れば、説明も完璧だったのに〜」と言っていました。(笑)


資料館内部 中央上の旗がマレー陥落時に日本軍が掲げた一番旗

見学後、広報室へ案内されお茶をご馳走になりました。
そこには女性隊員がいて、またまたこの方が面白いのなんの☆
私の一人旅に驚きながらも、色々気さくに話してくれて盛り上がってしまいました。
私よりも年下なのに、もう1歳の赤ちゃんがいるんだって!!
最近復帰したらしいのですが、ママだなんて本当に驚き☆
15分ほどお邪魔して、何か証明の印をもらい帰りました。
2人の名前位聞いておけば良かったなぁ・・・。

最後に、住宅地に未だ残っているという発電所跡へ。
といっても、細い路地が入り混じる昔ながらの住宅地。
探せど探せど、見つからない・・・。
通りすがりのおばちゃんや消防隊員に聞いても「知らない」の一言。
ほんとにあるの??と疑問に思い始めた頃、幼稚園バスのお迎えに来ていた若いママさんがいて一か八か聞いてみました。
すると・・・「防空壕跡?すぐそこの美容室を右に曲がると見えてきますよ」だって!
・・・行ってみました。ついに見つけました!やったー!!


資料館にあったかつての基地の地図。赤い点線は現在の基地敷地。飛行機の絵の真ん中にある建物が発電所かも。 裏から見た発電所跡。住宅がギリギリに建っている。

発電所跡 発電所跡



発電所跡 発電所跡の手前の住宅地。昔のままの細い路地にびっくり。


この発電所、当時100KWディーゼル発電機を設置し、基地に電力を供給していたそうです。
戦後は大きな台風時、付近住民の避難所に使われたみたい。
だから、あの若いママさんは勘違いして「防空壕跡?」と言ったのかも。
それにしても、よく残っていましたよね!
何でも民間に払い下げられた際取り壊そうとしたらしいですが、頑丈すぎて壊せなかったそう。
屋根の一部が欠けているのはその時の跡らしいです。

国分戦跡めぐりもひと段落。半日だったけれど行きたい場所を全て回れました。
宿泊はホテル京セラ
ウエディングに大人気?(4月に出会った風さん曰く)だそうです。
スパや温泉があって退屈しないし、全体的にキレイでリゾートホテルの様でした。
夜は部屋でマッサージ♪
日々の仕事で疲れきった身体をほぐしました。