10月13日(金)

最近体調が優れず体力との格闘の日々。春先からのストレスが発端でイマイチ身体が戻らないというか不調で嫌になります。
抵抗力が落ちると次から次へと異変が現れてなかなか治らないんですよね。参っちゃう★

9月5日に書いた太平洋戦争時に実家に泊まっていた兵隊さんの話、どこに関係があったのか予想がつきました!
実は当時近所に軍需工場があったのです!!忘れてました★
忘れてたというか、普段話にも出ないし昔ちらっと聞いただけだったので。
現在は団地や新興住宅地であとかたもなく、誰もそこに工場があったなんて知らないと思います。
昔から住んでいる人も忘れてる人が多いかも。
先日ふと実家でそんな話が出て、「あーうちにいた兵隊さん達はそこに行ってたのかもよ!?」となって。
(盛り上がってるのは私だけだったけど・・)
たぶんそう、っていうか絶対そこしかない!解決です♪


10月5日(木)

先日ある協会の集まりで多くの元特攻兵の方々と会う機会がありました。皆さんまだ元気で近くに座った方々に色々な体験談を聞く事ができました。中には新聞社などに体験談を話してくれと沢山依頼があるけれど絶対話さない、という方もいましたが一般人の私には色々な話をしてくれそういう人もいるんだなと初めて知りました。
積極的に参加するものですね。名刺もいただけたのでこの先お話を聞く機会が得られたら、と楽しみです。

私がHPを作ったキッカケ。それは鹿児島を旅しようとした時、ネット検索してものすごく多くの情報を集めました。この先そんな人の為に私の情報が少しでも役に立てたらなとの気持ちでした。(鹿屋の情報なんて全然なかったから!)
ついでに今までの旅行記も書いちゃおって感じで。
いつか私の旅行記を頼りに鹿児島に行ってくれる人が現れたらいいなっと思います!


9月29日(金)

なんか私ってつまらないトコがあってお昼休みに街に出てランチをすることがめったになく、社食かお弁当かコンビニか・・・。
旅行会社なので一人ずつお昼に出るのですが、なんかお金がもったいないし、まぁ一番の理由は面倒だから。せっかくステキな街(最近までは丸の内)に毎日行ってるんだからウマイ店でランチを堪能すればいいのに、って自分でも思うんだけど・・・。でもお気に入りの社食はレストランみたいで皇居を見下ろせる高層階。ビルの中の景色を見られない店よりも私は大好きだったけどやっぱツマラナイ性格かもー★


9月22日(金)

先週の16日土曜日に「出口のない海」を観てきました。公開初日朝一、けっこう年配が多かったです。
「男たちの大和」が”動”なら「出口のない海」は”静”という感じで戦闘よりも隊員の心情や出撃までの過程に重点をおいていて心に迫る映画でした。初めて回天に乗って練習するシーン、あんな密室に閉じ込められて中からは脱出できないだなんてものすごく恐怖を感じました。悲しくて切なくて涙が止まりませんでした。

17日に放送された「僕たちの戦争」、森山未来君だったからこそ、良いドラマになったと思います。
「こんな世の中を作る為に・・・散っていった英霊達は、国を守る盾となって命を捨てていったあの尊い犠牲は・・・こんな世の中を作るためだったのか!」という台詞、思わず涙が出てしまいました。<写真:パンフレットより引用>

パンフレット パンフレット パンフレット
9月14日(木)

筑紫哲也さん出演の”NYテロ5年目の真実”を見ました。その中で筑紫さんが「世界中の人達があの時自分は何をしていたか物語を持っている最初の最大の出来事」と言っていました。
あの時、私はメキシコを旅していて12日の朝空港へ行くと空港閉鎖!出国できなくなっていたのです。
前夜CNNのニュースでテロの事は知っていましたがなんせ英語なのでちゃんと理解できずまさか空港閉鎖になってるとは思いもよらず・・・。同じような境遇のバックパッカーが7人集まって変な共同生活が始まり、毎日大使館や空港に電話して運航再開の日を待ちました☆休暇もとっくに終わり会社にも迷惑をかけてほんと大変でした。
結局1週間後位にロス経由の便に乗れ無事帰って来れましたが、今でもその時の仲間とはたまに飲んでいます。
この時期になると毎年思い出す私の「あの時」です。

9月10日(日)

5月頃挨拶程度だった隣の奥さんに「お茶しに来ませんか?」と誘われて、今では週2回くらい一緒に買い物に行ったりお互いの家を行き来する仲になれました。
7ヶ月の赤ちゃんがいる同い年の気さくな子で、初めてママ友達ができたんです。
その子の家はいつもキレイに整頓されていて、物が全然ない感じ!誰も来ないからと少し散らかっていても気を使っていなかった私ですが、今ではいつ誰が来てもいいように家中整頓するようになりました!
キッチンも今までならいつの間にか排水溝にカビが生えていて掃除が大変だったけど、今は毎日片付けをして清潔を保っています。それが習慣になりました。
当たり前の事なんだけど仕事疲れで面倒くさかったりして出来てなくて・・・。母もかなり驚いています☆
ほんと何かのきっかけで人って変われるなと思いました♪

9月5日(火)

私の実家は祖父母が結婚した昭和16年に建てた家で、当時としては立派だったらしく今も補修もせずそのまま暮らしています。(直下型地震があったらペシャンコだろうけど★)
太平洋戦争時、おじいちゃんが出征しておばあちゃん一人だった家を軍に使用されて(?)兵隊さんが何人も住み込んでいたそう。当時おばあちゃんは25才、兵隊さんたちはおばあちゃんより年下の若い人達だったらしいです。
下の写真の部屋に寝泊りしていましたが、障子の木の枠に恋人や家族の写真を挟んでいたとの事。終戦まで近くの本家に移り住んでいたおばあちゃんが部屋を掃除に行くとよく見たそうです。
ご飯はバケツを手に30分以上歩いてお寺にもらいに行っていましたが、麦だらけの黒いご飯で見るからに美味しくなさそうで、農家だった本家がたまに白飯を食べさせてあげると喜んでいたそうです。士官学校や飛行場があったけどそんなに近くないし・・・その兵隊さんたちは一体どんな仕事をしていたのかな?知りたいけどもう誰も分からず残念です。


太平洋戦争時兵隊さんが住み込んでいた部屋 結婚当時のおばあちゃん

9月4日(月)

今日も夏日和で陽射しも強かったけど、一時期より暑さが和らいだ感じ♪案外過ごしやすかったな。
先週過度のストレスで体調を崩し寝込んでしまいました・・・。会社も休んじゃって大迷惑★忙しい時期なのに悪かったなぁ。
でも本当に起き上がれないほど気持ち悪くてどうしようもなかった・・・。
生まれつきの持病があり人より疲れやすくて、少し疲れると電車の中とかで動悸や息切れがよくあって、今からこんなんで年取って大丈夫かなぁって不安・・・。
ウォーキングとかスイミングをしたほうがいいかもなぁ。

8月30日(水)

24時間テレビの「婚約者からの遺書」を見ましたが、元々あるドキュメンタリー番組をそのまま使い簡潔にまとめたものでした。せめて1時間位のドラマにしてもっと沢山紹介して欲しかったな・・・。

「WINDS」の映画ですが色々真実と違うところがあるようです。元特攻隊員の方のHPに「真実を語り継ぐために」というページがあり、特攻の真の姿を理解して頂くために敢えて問題点を指摘されています。とても勉強になりました!
今井さんも一生懸命作ったと思いますが、やっぱり忠実に再現することが大事だなと感じました。
<リンクすることは承諾いただきました>

8月27日(日)

昨日「THE WINDS OF GOD」の映画を池袋で観てきました!
舞台とはまた違った迫力ある映像、情景豊かな映像で良かったです。
本物の零戦を飛ばしたそうですが、零戦が空を飛ぶ鮮明な姿を見るのは初めてでこんなにかっこよかったんだ〜とびっくり☆
でも一個人としての感想ですが、もっと一人ひとりの隊員の生と死との葛藤や心情を表現した方が外国の方々にも伝わるんじゃないかなと感じました。<写真:パンフレットより引用>


パンフレット パンフレット パンフレット

8月21日(月)

19日土曜日に「THE WINDS OF GOD 〜零のかなたへ〜」観てきました!感動しました!
兄貴と金太の漫才がとても面白くてこんなに笑ってていいのかなって位の前半でしたが、本題のストーリーは悲しく切なく、過去と未来の狭間でもがき苦しむ二人の姿、そして強制的に行かされる特攻隊員の心情を今井さんが全霊を込めて表現していました。来年は公演しないとの事なので今年ぜひ多くの人に観てもらいたいです。<写真:パンフレットより引用>


パンフレット パンフレット パンフレット

それと今年の24時間テレビ、大きく取り上げられているのが亀梨くんが難病と戦う青年を演じるドラマですが『婚約者からの遺書〜特攻隊員に捧げた60年愛〜』も合わせて2本のドラマが組まれているようです。
この作品は2005/12/04に放映されたドキュメンタリー番組「婚約者からの遺書」のドラマ化で穴沢利夫さんと伊達智恵子さん(82才・旧姓孫田)との叶わなかった恋愛のエピソードが元になっています。
穴沢さんは智恵子さんからもらったマフラーを白いマフラーの下に巻いてもっこりした首で出撃していきました。27日放送なのでぜひ見たいと思っています。

8月17日(木)

最近ある人とお話する機会がありました。
私が戦争体験をされた方からお話を聞いて伝え残したいということを言うと、それは難しい、しかも体験していない若者が語っても心に響かない。と言われました。
確かに沖縄で、体験された方が高齢になりつつあり大学生が語り部として伝え残そうと勉強会をしているそうですが、未体験の若者から聞いた話だと何も感じてこないという高校生が沢山いるそうです。
本当に戦禍の中をくぐりぬけ、生き残った人こそ何も話そうとしない。生き残ってしまった罪悪感を今も感じ、話したがらない人が沢山いると・・・確かにそうかもしれません。
実際体験を語っている人の中には、教官や幹部だった人もいます。
特攻隊なら命令をし、見送っていた人達です。

私が思う、伝え残したいというのは本当の体験者にしたら「迷惑」なのかな。
でも何かしたいです。